今日のコラム  2018-6月分


6月1日(金) <今日から6月・・・>
今日から6月・水無月。朝、6時25分に始まるNHKテレビ体操のオープニング用画面が変わったので月が改まったことを知る。家中のカレンダーを6月に変えて行くと全部で6カ所あった。7時半に家をでてバスと電車を3度乗り換え、テニスに行くのは変わりなし。熱中症にもならず午前中の3時間を動き回った後は、無事に、元気に過ごせたことを感謝しながら帰路へつくのも変わりなし・・。
表紙には午後に描いた「mieuへの絵手紙・COSMOS」(パステルと水彩)を掲載した。前回の「ニューロン」に続いての「COSMOS」。前回ニューロンを描いた時にこれまでは身の回りの小物や花などを多く絵手紙に描いてきたが、ニューロンを絵手紙に描く人は多くないのではと思った。絵手紙には多くの人が独自のスケッチを描いており少々の題材は珍しくもない。そんな事で、今回はニューロンに続いてCOSMOSを描いてみた。


6月2日(土) <今日は息子の月命日・・・>
今日は息子の月命日なので朝8時半に家をでて妻と墓参りに行った。9時半には家に戻り、それからは夫婦それぞれの生活パターンへ。私は10時から午後1時までの3時間、陶芸教室で釉薬掛けと新作の仕上げ作業。教室でのおばさんたちの話題は王貞治さん(78歳)の結婚報道だったが、盛り上がりはない。天下太平というか世の中穏やかに流れている。今日の東京は快晴。午後も1時間ほど歩き回った。
2018-06-02墓のある九品仏浄真寺境内の巨樹(イチョウとカヤ)
6月3日(日) <上り坂でなく下り坂でもない”マサカ”・・・>
上り坂でなく下り坂でもない”マサカ”の出来事があったので「神頼み」で妻と明治神宮に行った。世の中、努力とか理屈、誠意と関係なくマサカが起きる。苦しい時の神頼みは有効である。ジタバタしても始まらない、先行きは神のみぞ知る・・。悪いことが起きると、これを以前からの踏襲を断ち切り新しく前進するチャンスと捉えると神が味方をしてくれる。明治神宮には安産祈願らしき若夫婦や赤ん坊を連れた宮詣の人に混じって外国人が多く見られた。樹に吊るされたお札には英語、韓国語、フランス語など色々な国の言葉で願い事が書いてある。神様もいまや世界の言葉に堪能でなければならない。とにかくも、災い転じて福となすことを祈ろう・・。
<明日から千葉方面に小旅行の予定。パソコンを持参できるかは成り行き・・>
 
2018-06-03 明治神宮にて
6月4日(月) <「あやめ祭り」真っ最中の水郷地区・・・>
「あやめ祭り」真っ最中の水郷地区で遊んだ。潮来(茨城県南東)では初めての水郷での船遊びを体験、水郷佐原あやめパーク(千葉県香取市)では見事な菖蒲を堪能、更に、佐原の伊能忠敬記念館と周辺の江戸情緒を残す街並などを見学。いまは鴨川まで来ている。今日のところは写真で雰囲気を残す・・。
 
2018-06-04 潮来にて    右は水郷あやめパーク
 
あやめパークにて     右は伊能忠敬記念館のある佐原の街並
6月5日(火) <今日は先ず千葉県鴨川市大海の沖合に浮かぶ・・・>
今日は先ず千葉県鴨川市大海の沖合に浮かぶ「仁右衛門島(にえんもんじま)」へ行った。手漕ぎの伝馬船でほんの10分ほどで着く個人所有の島で、源頼朝や日蓮の伝説があり千葉県の名勝に指定されている。宿泊している鴨川グランドタワーから仁右衛門島がよく見えるが、逆に仁右衛門島からこのホテルを含めた鴨川一帯を見ることができた。その後、大海フラワーセンターから千葉の大多喜町(夷隅郡)にある養老渓谷、千葉の養老の滝(粟又の滝)などを訪れた。今日もまた写真の掲載でこの日を記録する・・。
 
2018-06-05 仁右衛門島       右は島から見た鴨川方面
 
千葉養老の滝(粟又の滝)       右は養老渓谷
6月6日(水) <今日は鴨川(千葉県南東部)の宿を出発・・・>
今日は鴨川(千葉県南東部)の宿を出発する時から小雨。南房総を廻り夕刻には東京の家に帰着した。雨に一番相応しかったのは房総のあじさい寺と呼ばれる「日運寺」だった。この寺は南房総市にある日蓮宗の寺で雨に濡れた紫陽花が美しかった(サイト参照=ここ)。今回のドライブ旅行は二夫婦の中で一番若い妻がほとんどを一人で車を運転した。若いと言っても後期高齢者。存分に休養してもらわなければならない・・。
 
2018-06-06 日運寺山門&境内
6月7日(木) <伊能忠敬のこと・・・>
伊能忠敬のことを深く知ったのは昨日までの千葉ドライブ旅行の収穫の一つだった。佐原(千葉県香取市)の伊能忠敬記念館や伊能忠敬旧宅を訪れて改めてこの非凡な偉人に感動した。伊能忠敬(1745~1818)は17歳で伊能家の婿養子になり家業の酒造業を大発展させる。ところがただの商人でないのは膨大な蔵書を見れば分かった。歴史書、宗教書、詩歌の書、天文学など学術書などあらゆる分野に好奇心が旺盛。何より凄いのは49歳で家督を息子に譲り、50歳で江戸にでて、当時の暦改変の動きにあわせて本格的に天文学を学ぶ。それも評価の高かった高橋至時(よしとき、1764~1804=当時31歳、忠敬より早く41歳没)に弟子入りし、19歳年下の高橋至時を師として寝る間を惜しみ天体観測や測量の勉強をしたという。幕府直轄の学者以上の実績を見せて、やがて蝦夷地をはじめ日本各地の測量をするまでになる。74歳で亡くなるまで生涯現役で地図の作成を続けた。学者の家系でもなく幕府の役人でもない忠敬のような人材が歴史に残る仕事をするところが、この国の素晴らしいところだ。
6月8日(金) <"人とのつながり”が高齢者には大切・・・>
"人とのつながり”が高齢者には大切というテレビ番組があった。若者と違って友人が自然消滅する一方で行動の範囲も減っていくと、意識して”交流”しなければ仲間がどんどん少なくなり会話のチャンスも限られて来るのはよく分かる。今朝、テニスに行くためにいつものようにラッシュアワーの電車に押し入って乗り込み、もしかするとラッシュアワーの電車は”人とのつながり”のために、いいかも知れないと気がついた。以前、自転車で1時間近く時間をかけて通ったことがあるが、自分一人で事故に気をつけながらペダルを漕ぐだけで体力作りにはいいかも知れないが対人関係は全くない。その点、ラッシュアワーの電車にはその時しかない”社会”がある。会話はしないけれども身体を接触させてスペースを確保し、相手のスペースをも考えて納まる。周りには色々な人がいるが口論もせずに譲り合う。他の国ではあり得ないのでないかというほどの混雑の中にいると、これはまさに”人とのつながり”である。・・こんな理由付けをして皆が通勤・通学のために苦労しているラッシュアワーにテニスバッグを持って強引に乗り込むことを許してもらおう・・。
6月9日(土) <表紙に「角皿」(陶芸作品)を掲載・・・>
表紙に「角皿」(陶芸作品)を掲載した。これは5月12日のコラム(=ここ)で書いた運搬中の不注意で割ってしまった角皿の一枚を執念深く再度制作して完成させた作品。もう一枚も追って出来上がる予定である。角皿としては特別に変わったところはないが、自分では「そば」という釉薬が厚みによって微妙に色が変化するので、この釉薬を見極めたいのが一番の関心事であった。放射状の線は盛り上げているので釉薬が流れる。一方で彫った線とか凹んだ部分には釉薬が厚くかかる。溜まり部分には不思議な結晶粒がでるので面白い。・・今日は半日陶芸教室で制作に励んだ。隣の席にはフランスから来たという若い女性が食器を作っていた。日本語が達者で先生とやり取りが見事だった。東京の気温は30℃を越す夏日であったが土をいじっている時には暑さも感じなかったのがうれしい。下に角皿の別アングルの写真を掲載する。
  2018-06-09
6月10日(日) <日曜日早朝(〜am5:45まで)のNHKテレビ・・・>
日曜日早朝(〜am5:45まで)のNHKテレビで「桂文枝の演芸図鑑」をみた。桂文枝(前の桂三枝)が落語「赤とんぼ」を演じたが実にうまくて見始めるとチャンネルを変えることが出来ず最後まで見てしまった。桂文枝のまともな芸に接したのは初めてかも知れない。続いて朝の6時35分からのNHK教育テレビ「NHK俳句」の番組ではたまたまゲストが落語家の金原亭馬治さんだった。この人はゲストであるにもかかわらず選者の岸本尚毅さんや司会の岸本葉子さんよりもよくしゃべり時間を取る。前半には落語まで披露する始末。こちらは俳句の番組を見たかったので堪らず一時チャンネルを変えた。恐らくは番組プロデューサーの好みであろうか。落語家をゲストにするのは難しい。落語家で本当の芸を持った人は本業を見せて欲しいと思う。落語家はどういう訳か自尊心が極めて強く、本業以外の”芸能人”としての仕事も芝居にみえる。最近は笑福亭鶴瓶の番組も避けるようになってしまった・・。
6月11日(月) <表紙に陶芸作品「球体」を掲載・・・>
表紙に陶芸作品「球体」を掲載した。写真では大きさが分からないが、直径が約120mmの球体。内部は空洞で上部に穴をあけており、水を入れて花器として使うこともできる。下部には極小さな円形サポートを付けているので立ち位置は決まる。内部に水を入れた時には重心が下がるのでより安定して設置が出来る。球体にするには粘土の段階での削りに”泥粘土”の球体を作るのと同じテクニックを使った。釉薬はナマコ(海鼠釉)。この球体を作り始める時に釉薬は「ナマコ」と決めていた。海鼠釉は以前の陶芸教室にはなかったので、色々と条件を変えて色や光沢の具合を確かめるのが楽しみでもある。今回の球体作品は思った通りのニュアンスに仕上がり満足・・。

6月12日(火) <谷中のお寺に義兄の墓参り・・・>
谷中のお寺に義兄の墓参りに行った。昨日が命日であったので一昨日の日曜日にでもどなたかが来られたのだろう、墓の花立には新しい立派な花が入っていた。毎月の墓参りには向こう三軒両隣の墓周辺の掃除をするのが習慣だが今日も同じ。お参りはいつもの通り義兄に感謝を伝えるのみ。谷中周辺を巡るのも月に一回の楽しみな機会である。今日は元気があったのか、妻と食事をした後、西日暮里方面のお寺まで足を伸ばした。家に帰ってi-Phoneで歩数をみると8000歩ほど。思ったほどに歩いていなかったが、適度な運動であった。
今日のニュースはシンガポールでトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩委員長が史上初の首脳会談を行い、共同声明に署名したこと。さて、この先がどうなるか誰もが疑心暗鬼であるが歴史がどう動くかの注目ポイントではあろう。
 
 2018-06-12 墓のある瑞輪寺    右は諏方神社(西日暮里、諏方は諏訪の古来表記)
 
谷中風景
6月13日(水) <今朝の6時からのNHK教育テレビ・・・>
今朝の6時からのNHK教育テレビ「旅するイタリア語」(再放送?)でイタリアの田舎に住むおばあさんがでてきた。イタリアを巡っているバイオリニストの古澤巌さんがおばあさんに”日本はどこにあるかご存知ですか”と問うと、”ロンドンの側?、いや・・”ととんでもない返事が返って来る。ヨーロッパの田舎で”日本はどこか”と聞いても、同じように答えられない人が多いときく。アメリカなどでもインテリは別にして同じようなものだろう。我々にしてもジンバブエはどこ(我家の数軒となりに日本の大使館がある)とか、エストニアはどこ(昔の友人はエストニアからの亡命者だった)とか、大相撲・栃の心の出身地のジョージアはどこと問われても即答できるかどうか。昨日行われた”史上初”の米朝会談にしても欧米の庶民は北朝鮮がどこで、どんな国かほとんど関心がないのでないか。朝鮮戦争の当事者である米国(国連軍)が1953年の休戦協定を引きずっているので関与せざるを得ないが、米国の庶民にすれば自らの脅威にならなければ遥か彼方の無視するような相手であろう。その点、駄々っ子作戦でとにかくも同等に米国大統領と握手をした金正恩委員長は成功か・・。
6月14日(木) <般若心経ミュージック・・・>
般若心経ミュージックというのがあることを知った。愛媛県今治市のお寺の副住職、薬師寺寛邦さん(39歳)が般若心経とポップスを組み合わせた楽曲「般若心経」をYou Tubeで発表したところ国内のみならず海外(中国、台湾)でも大きな反響があり、「般若心経ミュージック」のコンサートは大盛況だという(記事=ここ)。早速聴いてみたが読経のハーモニーとギターや打楽器のリズムと違和感なく融け込んでいる。ただ、台湾でYou Tubeが120万回再生されたとか、中国のSNSで1400万回再生されたという理由がよく分からない。日本ではお馴染みの般若心経がポップス調の伴奏でこれもいいと思うが、台湾、中国ではどのように伝わるのだろうか。案外に、日本では気がつかない微妙な感性が相手に響くのかも知れない。京都の天竜寺の庭園を背景に読経する姿とダンサーを組合わせた動画が面白い=ここ。薬師寺さんのライブ動画は一緒に読経する中年の人々がみられる=ここ
6月15日(金) <テレビで「才能査定」をする番組・・・>
テレビで「才能査定」をする番組がある(プレバト)。芸能人・著名人がいろいろな分野で、「才能あり」、「凡人」、「才能なし」を査定される。私の場合は俳句で夏井いつき先生が毒舌ながら分かり易い指摘と適切な添削を行うので引きつけられた。この番組で怖いのは、査定をする専門家の先生側が視聴者から査定されるところだろう。それぞれに専門家だからある流儀ではエキスパートであろうが自分の枠を外れた才能を認めることができるかどうかは人による。俳句以外に生け花とか盛りつけ、絵手紙など色々な分野があり、この前は和紙の切り絵まで見せてもらった。大抵の場合は芸能人も多彩で器用な人が多いと感心する。それにしても「凡人」はともかく「才能なし」とは酷すぎる。何様が他人のことを”才能なし”と決めつけられるのか。この方式でやれば、美術界でゴッホもミロも”才能なし”で片付けられたかも知れない。面白くするためにやっているにしても「才能なし」を軽々しく使って欲しくない。
6月16日(土) <遠目にはよく見えても・・・>
遠目にはよく見えても近くに寄ると印象が全く異なることがある。遠目に素晴らしい富士山が登山道ではただの険しい岩道とか。絵画では遠目にそれほど良くないと思えるものが近くでは意外にアピールするケースや、その逆の場合とかいろいろ。それでも本当の名作には離れてみても直ぐ側で見ても感動させられる。陶芸の場合、近くで表面を見ると遠目には分からなかった釉薬の微妙な色合いに気がついて全体を見直すことも多い。1200℃を越す温度で焼成すると人が予想し得なかったニュアンスが現れるので、陶芸全体の構造やバランスが面白くなくても部分的には文句のつけられないことが多いのだ。もちろん、どこからみても魅力のある名品もあるだろう。人間の印象も同じこと、どこをどう見るかで評価なんて変わってしまうか・・。こんなことを考えながら表紙に掲載している「球体」(陶芸作品)の部分写真を掲載した。
2018-06-16
6月17日(日) <紫陽花(あじさい)の季節・・・>
紫陽花(あじさい)の季節。今日の夕方、駒沢公園(東京・世田谷区)まで散歩に行くと至る所で紫陽花を見た。・・昨日、親戚の家で初めてウォーキングマシーンを体験させてもらった。歩く速度や負荷、時間などをいろいろと選定できてウォーキング後のデータも教えてくれる。それはそれで面白いが、私は自分では使わないなと思った。歩くなら、やはり屋外に出たい。外の空気を存分に吸いたい。見慣れた景色かも知れないが、よく観察すると建設中の建物が出来上がっていたり、公園に始めて見る施設があったり、この瞬間しか見られない風景や自然がある。特に自然、空も雲も、樹木や草花も時々刻々と変化する。紫陽花なんか珍しくないと言われるかも知れないが、これらの紫陽花は間もなく生命が終わる。来年の紫陽花は似たように見えるが別の命。そう思うと歩きながら、この瞬間に出会っているのも何かの縁に思えて写真を撮ってしまう・・。
 
2018-06-17
6月18日(月) <今朝、6時を過ぎた頃・・・>
今朝、6時を過ぎた頃に突然雨音がして雨が激しく降り始めた。今日はテニスに行く体制を整えていたのでガックリきたが、7時頃には雨は止んでしまった。そこでテレビとネットで色々な天気予報をみると東京地方は午前中は曇りの予報が多い。ただし11時頃には雨の確率が30%とある。悩んだ末に、7時30分には家をでてテニスへ。途中、バスを降りて都立大学駅で電車に乗ろうとすると駅近辺は雨の降った形跡が全くない。家からわずか1km離れたところでも、これほどに天気が異なる。テニスコートのある神宮外苑の地下鉄をでると、案の定、雨は降っていないし道路は乾いている。・・と言うことで、今日のテニスは日照りもなく風もなく混雑もなく最高だった。それでも予報通りに11時頃に雨が降り始めたので中断して帰路に着いた。家に着くと今度は雨の気配はなくただの曇り空。東京は広いのだ・・。
6月19日(火) <所用で外出したついでに・・・>
所用で外出したついでに今日は九品仏浄真寺(世田谷区)まで足を伸ばして息子の墓参りをした。特別の命日でもないが、この寺の境内をゆっくり散策すると気分が落着く。最近この寺でも外国人の姿を目にするようになった。谷中のように外人のカップルとかグループでなく独りで来ている人もいる。今日は西洋人の女性が一人本堂の前に咲いているツツジの花をスマホで撮影していた。i-Phone片手に境内の花の写真を撮っている私と同じなので思わず挨拶。寺の裏手の墓地にいくと、家の墓にはビールが供えてあった。これは息子の友人が墓参に来てくれたに違いない。毎度ながら有難い。息子はいい友人に囲まれていた・・。今日は本堂の釈迦如来と阿弥陀堂(中品)の阿弥陀如来の写真、そして境内で撮った花の写真を下に掲載する。
 
2018-06-19 九品仏浄真寺にて
6月20日(水) <昨夜のサッカー・ロシアワールドカップ・・・>
昨夜のサッカー・ロシアワールドカップの試合で日本代表がコロンビアに2-1で勝利して一夜明けた今日は朝から日本中がお祭りさわぎ。日本が南米のチームに勝ったのは史上初とか世界ランク61位の日本が16位のコロンビアに勝ったとか、勝利してみると”奇跡”の扱いだ。日本中がこれほど喜び合えるサッカーの力はすごい。・・陶芸教室で毎回隣り合って作陶する男性はサッカーのワールドカップにはこれまで欠かさず現地に応援に行ったという強烈なサポーターである。今回のコロンビア戦には行かなかったがこれからロシアに出発するという。テレビでみるサポーターは元気な若者が画面に出るがリタイアして陶芸に励んでいる年寄りもサポーターに加わるようだ。サッカーの会場は大都市とは限らないので、これまでのワールドカップの試合では通常の観光では絶対の行くことのない地方都市に滞在するので、これも楽しいと言っていた。またスペインやブラジルの試合や、決勝戦などの入場券は手に入れるのが大変だが日本戦は比較的容易に入手できるとか。この人は毎回ワールドカップを応援に行った後、大会記念の皿やグッズを陶芸で作る。以前陶芸の展覧会で見せてもらったが世界に一つしかない”ワールドカップ”記念作品はステキだった。ロシア大会の記念にはどんな陶芸が出来上がるか、楽しみにしよう。
6月21日(木) <今日我家に新しいお手伝いさん・・・>
今日我家に新しいお手伝いさんが加わった。アイロボットのブラーバというタイプで本格的な「ルンバ」ではなく小型の床吹き専用ロボット。絨毯には適さないがフローリングの床用に妻の好みで購入した。ルンバほど大きくなくベッドの下であろうが狭いところにも自由に入って行くし、何より作動している時の音がほとんど気にならないのがよい。今のところ順調に良く働く。家事が楽になった分、他のところで身体と頭脳に負荷をかけなければならないことを言い聞かせている。・・表紙の「今日の作品」に「Mieuへの絵手紙・花の跡」(ペンと水彩)を掲載した。「花」とはゼラニウム。ベランダ花壇の赤いゼラニウムの花が散った跡、全く違った姿 を見せたのでスケッチした。下には駒沢公園を散歩した時に撮った写真を掲載する。

 
2018-06-21 駒沢公園(東京‐世田谷区)にて
6月22日(金) <言葉遊びの名作・・・>
言葉遊びの名作と思って以前メモしたもの:「世の中は、すむとにごるで大違い。”はけ(刷毛)”に毛があり、”はげ(禿)”に毛がなし」。同じく、後段には、「ふく(福)にとく(徳)あり、ふぐ(河豚)にどく(毒)あり」とか、「人は茶を飲み、蛇(じゃ)は人を呑む」なんて言うのもある。今では信じられないが、メールや携帯電話がない時代には緊急時に電報を使った。電報は字数に制限がありカタカナで打刻された文字が配送される。そこで句読点なしであると思わぬ事態が起きた。「シンダイシャテハイタノム」。”寝台車手配頼む”なのか、”死んだ、医者手配頼む”であったのか。「アスルスバンニコイ」、と言っても”明日、留守番にこい”と言われたのか、”明日留守、晩にこい”であったのか。この種のおもしろ話は過去の道具で発生した懐かしい事例であるが、今現在のワープロ漢字の変換ミスの例(実際にはミスでなく正しい候補か)を拾いだすと”傑作選”が山ほどあるのでないか。ワープロも賢くなり過ぎると面白さがなくなる。こんなバカな変換をやりましたという事例を記録しておくのも悪くない。
6月23日(土) <土曜日は陶芸の日・・・>
土曜日は陶芸の日。今日は陶芸教室で素焼きが完了したものが一つ、本焼成が終わり完成したものが二つあった。完成したものの一つは意欲作で期待していたが結果は失敗の部類で釉薬のニュアンスが思った通りにならず、このままでは作品として展示は出来ない。これは家に持ちかえった後、上絵の具を加えてこれから再仕上げを行いリベンジするつもりだ。下にはもう一つの完成品である角皿の写真を掲載する。これは6月9日に掲載した角皿の第二弾。前回不本意であったところを修正して制作したので少しは増しにできあがった。今日の陶芸は釉薬がけと家で粘土を削り持参した新作の仕上げと脇目も振らず作業に没頭した。そうはいっても、今日は隣でフランスから来たお嬢さんが大きなお椀を制作しているのは知っていた。この方は日本語も上手で先週の土曜日にも会った。同じ教室で陶芸に励むお嬢さんと世間話ぐらいしてもよさそうだが遠慮して話しはできていない。
  2018-06-23陶芸作品
6月24日(日) <今朝のテレビで陶芸家・河井寛次郎・・・>
今朝のテレビで陶芸家・河井寛次郎のことが紹介されていた。河井寛次郎(1890~1966)は東京高等学校(現東京工業大学)の窯業科で本格的に窯業の科学的研究をやり、卒業後京都の陶磁器試験場で後輩の浜田庄司らと実に一万種以上の釉薬の実験を行い、過去の中国陶磁器、唐三彩の復元もできる技能を身につけた。その結果、過去の名品に倣った超絶作品で賞賛され有名になった。ところがある時、柳宗悦にそれらは模倣に過ぎないと指摘され、一方で宗悦が蒐集した無名の陶工が制作した簡素な作品に感銘を受けて自らの美意識を転換させる。その時の寛次郎の言葉が:「有名は無名にかなわない」。それ以降は実用的で簡素な造形の中に寛次郎でないとできない釉薬のノウハウを活かした発色を加えて独自の創作活動を続けた。晩年になって文化勲章や人間国宝への推挙も辞退して”無位無官”の陶芸家を貫いた。まさに無名に徹したがゆえに、没後は大いなる名を残している。
2018-06-24の夕焼け
6月25日(月) <最高気温が33℃となった今日・・・>
最高気温が33℃となった今日の東京。更に照りつける太陽のもと午前中の2.5時間、テニスで汗を流した。メンバーの一人は昨日深夜から今朝にかけてのサッカーワールドカップ(ロシア大会)の日本ーセネガル戦をテレビで見たので寝不足を訴えていた(サッカーは2-2の引き分け、日本は善戦)。とにかくも熱中症にもならず、全員無事であったことを感謝。午後は昼寝も出来ずに予約で歯医者に行った。・・今日の表紙には「六角形皿」(陶芸作品)を掲載した。一昨日6月23日のコラム(=ここ)で陶芸教室で焼成した結果が”失敗作”であったと書いた作品を上絵の具をかけて我家で焼成し直してみた作品。少しは当初の制作意図が伝わるようにはなった。これは前に制作した「球体」を置く皿にも使える(下に写真)。

  2018-06-25
6月26日(火) <陶芸コーナー(=ここ)の改訂・・・>
陶芸コーナー(=ここ)の改訂を行っていて、個々の写真では相対的な大きさが全く分からないことに改めて気がついた。スプーンとか鉛筆など比較になる材料が一緒に写っていないと大きさが判別できない。陶芸の作品に限らず何事も大きさと価値とは関係がない。前にも書いたが私は最近の美術の公募展で200号、400号といった巨大な絵画が並ぶときに辟易してしまう。日本は人口が1億を越える大きな国であると思っていても、外部から日本のことを見たり、世界地図をみると日本は東洋の端にある小さな列島である。地球は広く大きいが宇宙のスケールでみると塵。時には全く異なる視線を持って相対的な見方をすると同じものが別の側面を見せることがある。・・ということで、最近の陶芸作品を並べてみた(下)。
2018-06-26
6月27日(水) <続けることに意味があるか・・・>
続けることに意味があるかは別にして自分でもよく続けていると思うことが二つある。一つはこのホームページ。今年の末で19年間続けたことになる。ほぼ毎日コラムの改訂を行っているので、習慣とは恐ろしい。もう一つは、任天堂のゲーム機・Wiiによる”バランス計測”。毎晩、就寝前に専用の台の上に乗って、二種類のテストを行いバランス年齢を計測する。これは2700日を越えた(昨日で2708)。ただのゲーム機を7年余経てもまだ毎日活用している訳だ。バランス年齢は例えば昨週末からの数値は、22歳、36歳、33歳、24歳・・。最小年齢は20歳で、これは時々だせる(実年齢マイナス57歳ですなどと感情なくゲーム機がしゃべる)。最悪実績は70歳か。この計測をやっているとその日の体調がチェックできるのと自分の欠点(弱み)が分かる。苦手なのは重心を一点に集中させておくこと、左右の足を均等に歩くことなど。実年齢よりはるかに低い数値が出せるのは専ら馴れによる。7年間もやっていれば習熟するのが当たり前だ。・・最近はどうせ継続するならば何か身体にいいことを続けるべきと思っているが、こうして書く内容があるだろうか・・。
6月28日(木) <東京・世田谷区には古い農家・・・>
東京・世田谷区には古い農家が公園として保存されている場所がある。今日、散歩の途中で立寄った「深沢二丁目緑地」も江戸時代の豪農・三田家の跡地(下の写真は長屋門)。一方で、都心の港区、渋谷区などには旧武家屋敷が公園として保存されている例が多い。思いつくだけでも東京ミッドタウンの檜町公園(港区赤坂)は毛利家の下屋敷、六本木ヒルズには今も”毛利庭園”と呼ばれる日本庭園がある。品川区の池田山公園は岡山城主・池田氏の下屋敷、西郷山公園(目黒区と渋谷区の境)は西郷隆盛の弟・西郷従道の住居跡。更に、比較的最近の建物であるが渋谷区・代官山には旧朝倉家住宅(大正時代の代表的建築)が庭付きで区の管理下にある。これらのいずれもが公のものになっているので保存されているが、私物として相続されればあっという間にマンションなどに変わり歴史の面影はなくなってしまっただろう。こうした公園や文化財は歴史遺産としても大切にしたい。
 
2018-06-28 三田家跡地(世田谷・深沢)  ノウゼンカズラ(凌霄花)とアガパンサス( 紫君子蘭)/@世田谷
6月29日(金) <今日も気温30℃を越す快晴・・・>
今日も気温30℃を越す快晴のもと午前中はテニス。テニスのメンバーも睡眠不足を訴える人が多い。そう、サッカーのワールドカップ・ロシア大会での日本ーポーランド戦は真夜中の中継だった。0-1で敗れたけれどもセネガルもコロンビアに負けたので日本の決勝トーナメント出場が決まった。戦いぶりに色々批判があるようだが、スポーツは結果が全て。サッカー好きはあと4~5日(決勝トーナメントの試合日まで)はゆっくり眠れると嬉しい悲鳴をあげている。・・テニスコートの入口にあたる秩父宮ラグビー場に異様な”郡上踊り”の提灯があるので(下の写真)何事かと思うと、この青山・外苑前の地で岐阜県郡上市の「郡上踊り」の催しが今日・明日の2日間行われるものと知った(サイト案内=ここ)。岐阜・郡上八幡の城主・青山家の菩提寺が青山にある縁で国指定重要無形民俗文化財の郡上おどりがこの時期披露されるという。残念ながらテニスの帰りには夕刻まで待って踊りを見る元気は残っていなかった。
2018-06-29後ろが秩父宮ラグビー場
6月30日(土) <表紙に今日の作品として「Mieuへの絵手紙・きのこ」・・・>
表紙に今日の作品として「Mieuへの絵手紙・きのこ」(ペンと水彩)を掲載した。実はこの「きのこ」の絵手紙をスキャナでパソコンで取り込んだ時点で愕然とした。ちょっと待てよ、もしかすると以前に同じ「きのこの絵」を絵手紙に描いたかも知れない・・。調べたところ確かに4年前、2014年9月24日に全く同じ絵を掲載していた(コラム=ここ、絵の掲載=ここ)。この絵は昆虫記で有名なファーブルが描いた700点以上の水彩画を抜粋して発刊された豪華本の中の一点を模写したもの。選りによって全く同じ「きのこ」の絵を模写してしまった。描いている時にそれぐらいのことを気がつかなかったのかと我ながらボケを心配した。今日の土曜日はいつも通う陶芸教室を休み、時間に余裕ができたので「Mieuへの絵手紙」を描こうと気楽に題材を探して描いた結果がこうなった。それにしても描いている時に何故気がつかなかったのか!それならば同じ絵の模写が4年を経ると変わるか、かわらないか比較してやろうと開き直って今回も掲載することにした。絵手紙の送り先である孫娘・Mieuは下のSPECIAL LINKの通り、今はニューヨークでなくコロラド州のアスペンにいるようだ。いつもは文章は妻が書く役割だが、この「きのこ」の絵手紙は私自身で本文も書いて言い訳をしよう・・。
<明日から長野・佐久へ小旅行の予定>



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